20171104 8437

33歳サラリーマンが作家になるまでを記録したブログを始める。

 

私は33歳のしがないサラリーマンである。現在は、マスコミ系企業で経理の仕事をしている。元々は会計事務所で働いていたが、昨年今の会社に転職した。

 

転職時は新鮮さもあり、仕事も楽しく感じていたが、やはり人間の飽きは怖い。1年も経てばサラリーマン生活に息苦しさを感じている。

 

転職の際には、次の会社は業界的にも興味があるし、楽しく働けると思っていたが、実際にはそんなことはなかった。興味がある業界であれ、人からあれこれ言われながら仕事をするのはやっぱりつまらない。

 

だから、サラリーマンを卒業しよう。自分がサラリーマンとして幸せになることができないことに気づくことができただけでも、転職したのは成功だった。

 

しかし、サラリーマンを卒業して何をするか。シンプルな生活がしたい。理想は、iPhoneiPadだけを持ち歩いて、世界中を旅しながら文章を書き、それを生業としていきたい。

 

とんでもないお金持ちになりたい訳ではないが、お金からは自由になりたい。

 

作家になると言っても、今まで本を出したこともなければ、ブログを書いたこともない。人に誇れる経歴でもなければ、人が欲しがる情報を持っている訳ではないが。

 

でも、昔からから本を読むことは好きだ。そして、自分の思考を文字にすることも好きだ。だから、とりあえずは徹底的に文字を書いて書いて書きまくる。

 

普通の作家はどれくらい文字を書くのだろうか。ネットで調べてみると、西尾維新氏は1日2万字、森博嗣氏は1時間6000字。森氏は文章の直しに同じくらいの時間がかかるようなので、2時間で6000文字をだとして、やはり1日2−3万字くらいは書くのであろう。

 

私の当面の目標は100万字を目標にしよう。100万字の文字を書くことによって見えてくる世界があると思う。

 

今までは書きたいことがない、テーマが見つからないなどウダウダと言い訳をして逃げていたが、悩むことはやめてゴールに向かって行動することにした。悩むのは暇だから起こるものであり、行動すれば悩んでいる暇なんてない。

 

行動しないと何も解決しない。行動しないと正しいか間違っているかなんてわからない。行動する前にこれで良いのか悪いのか悩んでも行動してみなければわからない。だから、私は悩むのをやめて行動することにした。

 

100万字を書いてみて自分や自分の生活がどの様に変化するかはわからないが、とにかくやってみる。

 

書くことは昔から好きだ。人間好きでもないことは続けることはできない。

 

100万字を書いたときに、それを生活にすることはできるだろうか。文章で生活をするとは、自分の文章にお金を払って読んでもらうことである。自分が書いた文章をお金を出して読んでくれる人はいるだろうか。

 

自分がお金を払っている文章は、本かメルマガである。特に本にはかなりのお金を使っている。趣味の中では本への投資が一番大きいと思う。

 

自分はなぜ本にそれだけをお金を費やすのだろうか。人間が情報を得るのは幸せになるためである。幸せになったり、より良く生きるヒントを得るために情報を買う。

 

メルマガについては、私は高城剛さんのメルマガを購読している。高城さんのメルマガからは、これからの未来のどの様に生きていけばいいのかという情報を得ることができる。

  

私も人がお金を払ってでも読んでくれる文章を書きたいと思う。目標は1日1万字を100日間続けよう。

 

書くことで頭の中は整理される。書くことで思考が一歩先に進み、自分の考えを深めることができる。アウトプットをすることによりそれを意識したインプットの質も高まる。

 

繰り返しになるが、人間は好きなことでないと続けられない。プログラミングが好きな人はプログラミングがうまくなるし、ゲームが好きな人はゲームがうまくなるし、歴史が好きな人は歴史に詳しくなる、これらと同じこと。書くことが好きな人は文章が上手くなるし、情報の質も高まる。

 

私は現在妊娠中の妻がいる。妻は会社員として働いているが、妊娠初期ということもあり会社には報告していない。妊娠がわかったときにちょうど妻の会社は繁忙期で夜11時近くまで働いていた。妻はまだ会社に報告できるタイミングでもなかったから、早く帰ることができずに残業をしていた。

 

私は自分の不甲斐なさを感じた。彼女が会社員でなければ、妊婦の身でありながら夜遅くまで働く必要もなかった。フリーの立場で仕事をすることができれば、自分で時間の調整をつけながら働くことができた。

 

この話を聞いたときにサラリーマンの辛さを感じた。たしかに産休や育休などの制度は手厚く、お金の面でのメリットは大きいが、時間面での制約が多すぎる。基本的に勤務時間が決まっており、それに対して、給与が支払われるため、サラリーマンである以上はやむを得ない。フリーであれば、時間は自分でコントロールすることはできるが、産休や育休はもちろん、給与の保証もない。

 

フリーの立場で継続的に稼ぐことができることが一番最高であり、それを目指していきたいと思っている。そうすれば私も全面的に育児をすることができる。妻にもフリーになって働いて欲しい。そうすれば彼女も妊婦でありながら遅くまで残業する必要はなくなる。

 

 

この世からサラリーマンという制度がなくなることはないのだろうか。定時という考え方がなくなることはないのだろうか。全ての人がフリーとなって、自分の裁量で働くことができれば、人はもっと自由に楽しく生きることができると思う。しかし、フリーになった場合、安定収入がなくなるので、その点不安定になる可能性もある。雇用関係という制度が廃止になった場合、社会はどの様になるのか実験してみたい。

 

AIが進化してコンピューター上で社会実験ができるようにはならないだろうか。例えば、上述の通り、雇用制度を廃止して、全ての人間がフリーとして働く社会を設定した場合、どの様な社会になるかをシュミレーションする。様々なところに影響が出ることが予測されるが、それを全て予測できるAIができれば様々な社会実験ができ、選挙の際に政治家が掲げる政策にも影響が出ると思う。

 

ある政治家の政策をコンピューター上でセットしてシュミレーションするとこの様な世の中になるというのを予測することができれば、政治家も短期的な耳障りの良い政策だけを掲げるという訳にはいかない。

 

雇用制度は人の幸せを形作る大切な制度であり、人の生活の根幹になる。雇用制度を整備しない限り、日本人が幸せになることはない。雇用制度に息苦しさを感じているからこそ、ワークシフトの様な本が売れたり、自由な生き方をしているちきりん氏や高城剛氏の生き方に憧れる人が多くなる。

 

みんなサラリーマンから卒業したいと思っているが、卒業できなくて苦労している。卒業できない一番の理由が、サラリーマン以外でお金を稼ぐ手段がないからである。仮に、サラリーマンを卒業しても安定的に今と同水準のお金を稼ぐことが保証されていれば、ほとんどの人が会社を辞めると思う。

 

会社員生活を卒業して、フリーになることを奨励する論評は多いが、それを実践して地獄を見た人はいないのだろうか。みんなそれなりにハッピーになっているのだろうか。

 

 

 

フリーになっての失敗で一番大きいと思われるものは、思ったよりもお金を稼ぐことができないということだろう。フリーでサラリーマンと同等のお金を稼ぐことは本当に難しいのだろうか。

 

フリーになることを躊躇される要因の一つに、周囲の目もある。周囲の目はフローの立場の人間よりもサラリーマンとして組織に所属する人間を上に見る傾向にある。その周囲の目を気にして決断できない人も多い。

 

資本主義を生きていくために、お金を稼ぐということは最後までつきまとう。仮に、お金を全く稼ぐことができない場合、どうなるのだろうか。仕事をしているが1円も稼ぐことができないという事態は発生するのだろうか。

 

作家の場合、本を出版するが1冊も売れないということはあるのだろうか。仮に私がKindleで本を出版した場合、どれだけの売上をあげることができるのだろうか。1冊自費出版してみて試す価値は大いになると思う。

 

情報を売るビジネスの一つに、メルマガがある。仮に月800円として、1000人の読者がいれば、月80万人の収入を得ることができる。そして、その1000人は情報提供者のファンであるから、本を出せばそれも売れる。作家にとって固定ファンがいるというのはとても大切なことであり、ファンは資産である。

 

私はまだ会社に結婚の報告をしていないが、結婚の報告をするのが嫌で仕方がない。なぜ赤の他人にそんなことを一々報告しなくてはいけないのだろうか。また、たちの悪い先輩社員は大騒ぎし始めるものもいると思う。そういう諸々が嫌で仕方がない。

 

週末何するの、とかプライベートなことをグイグイ聞いてくる上司もいるが、赤の他人にプライベートな情報をさらしたくない。このプライベートを開示しなくてはいけないところもサラリーマンの嫌なところである。

 

飲み会もとても厄介だ。上司に誘われたら断りづらく、自分の帰りたいときに帰りたいづらいから、深夜までダラダラと付き合わされる。それが嫌で仕方がない。飲み会やゴルフに付き合いで参加しなくてはいけないのがサラリーマンの辛いところである。行きたくないものは断ればいいじゃんと言われるかもしれないが、そんなメンタルの強さがあったらサラリーマンなんてやってない。

 

サラリーマンのいやなところばかりあげてしまったが、逆に良いところはなんだろうか。繰り返しになるが、給与という安定収入があるところ、有給、育休、産休など福利厚生が手厚いところ、個人ではできない大きい仕事ができるところ、などなど。これらを餌に人生の時間の三分の一を会社に握られている。

 

文章を書くことは好きだが、仮に10億円あっても文章を書くだろうか。文章を書く動機の一つに、自分の文章がいつかお金を生み出すのではないかという淡い期待がある。自分の書いた文章で10億円くらい稼ぎたい。100万字、1000万字、1億字書いていれば、その中から万に一つでもスマッシュヒットが生まれるかもしれない。では、10億円稼いだあとも文章を書き続けるだろうか。

 

自分の文章を楽しみに待ってくれている読者がいれば、書き続けるのではないかと思う。書くことで自分自身が一番成長することができる。書くことでインプットの質が高まる。アウトプットを意識しないインプットでは、情報が右から左に流れてしまう。

 

逆にお金だけあったとしてら一日中何をして過ごせばいいのだろうか。お金があったとしてもアウトプットとインプット半々くらいの生活が一番バランスが良い。

 

1日1万字書くということは非常に大変な作業だ。自分の頭の中にあることをどんどんほじくりださなくてはいけない。これをずっと続けていたら物理的には文字は枯渇するはずだから、インプットも定期的にやっていかなくてはいけない。好きだから続けられるのか、続けられたから好きなのかわからないが、いずれにしても100万字を目標に進めていこう。

 

インプットを増やそうと思って頑張ってカントやゲーテルなどの哲学書を読んでみたが、さっぱりわからない。自分はもう少し軽い本の方が好きだ。そっちの方が読んでいて楽しい。

 

読書通の中には古典を読まなくてはいけないという古典至上主義者がいるがなぜだろうか。古典は長い歴史を生き残っているものだから素晴らしいに決まっているというのが、彼らの論調だ。素晴らしいかどうかは、それを理解できない我々にはわからないが、とにかくつまらない。それにつきる。

 

人間の悩みは暇だから発生するというのは非常に素晴らしい考え方である。どうすれば作家になりたいのか悩んでいる暇があったらい、とりあえず100万文字書けということになる。自分のゴールと関係のない悩みは一切無視、関係のある悩みも忙しく行動することで無視、兎に角悩みは無視することに限る。仮に無駄だったとしても1時間悩んでいるのであれば、1時間文字を書いた方がいい。それが無駄だったとしても、無駄だとわかることができる。

 

これからの時代は生産性をあげるということがキーワードの一つになる。生産性がマイナスの人に対しては、ベーシックインカムを支給して市場から退場してもらう。タクシー運転手より、Uberの方が明らかに生産性が高い。しかし、タクシー業界の猛反発により、Uberの導入が中々進まない。

 

私の会社では、各会議体ごとに内容は同じだがフォーマットが異なる紙の資料を準備しなくてはいけない。同じ決算数値であるにも関わらず、取締役会ではこの資料、監査役会ではこの資料とそれぞれ紙の資料を用意しなくていけない。紙の資料だけでも無駄なのに、フォーマットが違うものが何種類もあるのも勘弁してほしい。これらの資料の準備に若手社員だけでなく、管理職も役員たちの顔色を見ながら、内容と一切関係のない体裁面をあれやこれやと議論している。

 

全てiPadにして電子化すれば一瞬にして解決するが、大企業のおじいちゃん達はiPadが使えないため、紙で印刷しなくてはいけない。これからのメディアは新聞やテレビからスマートフォンタブレットに移管していくにも関わらず、マスメディアの経営者たちはiPadすら使いこなすことができないのだから、そういう人たちが経営者の限りは、若者の興味をひくサービスを提供することはほぼ不可能である。

 

私は情報を得る時に動画よりもテキストを好む。テキストの方が圧倒的に情報を入手するためには効率がいいからだ。例えば1時間のインタビューでも動画であれば1時間見なくてはいけないが、テキストであれば飛ばし読みをしながら、自分に必要な部分だけを読むことができる。動画と違ってテキストは初めから終わりまでを包括的に眺めることができるので情報を得るには圧倒的に効率がいい。

 

文章を書くことによって自分がわかっていない点が明確になり、次はこんな勉強をしなくてはいけないな、こんな本を読まなくてはいけないな、ということが分かってくる。文章を書くことによって、自分の頭の中が整理されるだけでなく、理解できていない部分が明確になる。だから、例え、宝くじにあたったとしても文章は書き続ける。

 

 お酒は極力飲みたくない。20代から30代の前半までは今から考えると異常な程お酒を飲んでいたが、30代半ばになった現在お酒は1滴も飲みたいと思わない。お酒を飲んだ後のダルさが嫌で仕方がない。眠りも浅くなり、次の日に疲れも残る。若い頃はお酒を飲むことはストレス解消になると思い込んでいたが、全くそんなことはない。むしろお酒を飲むとストレスは増す。お酒を飲むことは良いことだという風潮があるのは、飲料メーカーと広告代理店の陰謀なのではないかと思う。お酒をやめたあとの身体の楽さは一度体感したらやめることができない。

 

文章を100万字分書くということは、100万字分考えるということであり、100万字分思考の抽象度があがるということである。苫米地英人氏によれば、人間がより良く生きるためには思考の抽象度をあげることは必須である。思考の抽象度をあげることによって、広い視点で物事を考えることができ、見えないものが見えるようになり、アイデアを出すことができる。1000万字、1億字書いた時に自分の思考がどう変化しているか楽しみである。何度も繰り返しになるが、文章を書くことは楽しいから続けられるのであり、これが楽しく感じられないのであればすぐにやめるべきである。自分の思考を文章ではなく、絵や映像で表現するのが好きなのであれば、そちらの手段をとるべきだし、プログラミングをするのが好きなのであれば、プログラミングをすべきである。なんであれ、自分が好きなことしか、長く続けることはできない。

 

 本を出版するには10万字の原稿が必要。100万字の文章をつくってそれを10倍に圧縮して1冊目の本を出版。

 

生産性ということがこれからの時代のキーワードになってくる。Amazonがある前と後の社会では生産性が全く違う。わざわざ外に買い物にいかなくてもいいという便利さは偉大である。もうAmazonがない社会は考えられない。人間の便利になりたいという欲望は果てしない。AmazonのCEOも人間のもっと安く物を買いたい、もっと早く配送して欲しいという欲求は100年後も変わらないという考え方のおとAmazonのサービスをは設計されている。

 

人のもっと役に立つ情報が欲しい、自分の人生をもっと豊かにする情報が欲しい、幸せになる情報が欲しい、という欲求も100年後存在し続ける。その欲求を意識して執筆活動をすることが作家には求められる。

 

これからはAIが執筆をする時代になる。そんな時代に人間の作家が生き残る手段はAIには書けない作品を書くこと。AIが書くことができるのは既にデータ化されている情報のみである。まだデータ化されていない情報は人間にしか書くことができない。だから、これからの作家は、自分で取材して、データ化されていな情報を発信していかなくてはいけない。

 

「未来だけを見て行動する」というシンプルな生き方をしたい。前向きでシンプルな考え方。悩みのない生き方。過去に囚われない生き方。

 

人間の生き方としてゴールを設定するということは凄く大切なこと。悩みを消すためには行動する必要があるが、ゴールがなければ行動することはできない。ゴールを設定することによって自分がどんな行動をすればいいのかが明らかになる。ゴールは自分が心から望むゴールを設定する。逆に心から望まないゴールは続かない。自分の子供に一つだけ伝えられるとすれば、「ゴールを設定することの大切さ」を伝えたい。ゴールに向けて行動することは凄く楽しいこと。

 

自分のゴールの一つに「妻と幸せに暮らすこと」ということがある。幸せとは脳の中のホルモンの量に過ぎないからそれを目的としても意味がないと言われることもあるが、これが自分の心から望んでいることだからゴールとして設定している。

 

人間の幸せは、自分が本当に望むゴールを設定してそれに向かって行動することである。美味しいものを食べたり、感動する映画を観たりしても、そこから得られる幸福感はすぐに消えてしまう。しかし、ゴールに向かって行動する喜びはゴールを達成するまで続く。

 

幸せを目的にしてはいけないという考え方は、すぐに消えてしまうものを目的にしても意味がないからである。「妻と幸せに暮らす」ためには、思いやりのある行動をしたり、優しい言葉をかけたり、目標を応援したりすることが必要であり、それをすることが喜びになる。だから、幸せを目的にしてはいけないと論じられる時の幸せとは違う。一時的に感じる脳内の快楽という意味での幸せではなく、仲良くお互い愛情を持った関係という概念的な意味での幸せである。

 

人は(概念的な意味で)幸せになりたい。自分の文章によって人が幸せになってくれればと思う。より良く生きるためのヒントになってくれればと思う。そんな文章を書くことができれば作家冥利につきる。

 

AmazonプライムAmazonミュージックを使用するようになってから、コンテンツに費やすお金の額は格段に減った。これらだけで消費しきれない程のコンテンツがあるから、常に最新作を追い求めている訳ではない自分にとっては十分である。Amazon アンリミテッドも契約したが、これはまだコンテンツのクオリティはイマイチなので今後に期待したい。

 

 

なぜ人間はゴールに向かって行動してるときに喜びを感じるのだろうか。明日が今日よりもより良い日になると思うことに人間は幸せを感じる。1年後も10年後も今日と変わらないことが確定していたら、人間は絶望を感じる。心のどこかでもっと良くなるという希望があるから人間は生きていくことができる。ゴールに向かって行動することによって、「未来は今よりももっと良くなる」と思うことができるから幸せを感じる。人間にはより良い未来に対して幸せを感じる能力が備わっているからここまで進化することができたのではないかと思う。